農業経営/阿部梨園の知恵袋

小さい変化を逆潮流できるか:阿部梨園の変わるタネ(11)

あるいは、組織文化を帰納的に作ることができるか。最近書いてなかった経営ネタです。阿部梨園が小さい業務改善、経営改善を積み重ねるようになって2年。実施した改善は400に達しました。ここで一つひとつ紹介するわけにはいかないのですが、こんなことを2年も続けるとどうなるのか、記念として抽象的に表現してみようと思います。

I. 業務レベルをざっくり3つに分けます

細かい言葉の定義は議論しませんが、イメージしていただければと思います(図A)。

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①:(経営)ミッション
②:(業務)ガイドライン
③:(業務)プロセス

①:まずはビジネスの前提、存在理由に当たる部分。ビジョン、アイデンティティ、カルチャーでもあると思います。阿部梨園だと、「梨のおいしさを第一に追求し、お客様に届ける」のようになります。憲法の前文、とでもいいましょうか。

②:①を円滑に達成するために、必要な意志決定のルールや、ガイドラインを中位とします。業務を遂行する際の判断基準です。生産方針や取引条件から「整理整頓の徹底」、「ホウ・レン・ソウの取り決め」まで様々あると思います。憲法の各条文かな。

③:実際の作業ノウハウです。How-toとかtips、または単にテクニックと呼べるかもしれません。各法、条例に当たります。不文律(=暗黙知)もあります。

阿部梨園が2年間費やしてきたのは、プロセス(③)の部分の改善です。「○○の記録をとる」とか、「xxの順番を入れ替える」とか、その程度です。結論だけ言うと、プロセス(③)の改善だけ一生懸命やってると、ガイドライン(②)やミッション(①)も自然に整い、強化されるという話です

Ⅱ. 一般企業の場合

通常、経営とはミッション(①)ありきです。ミッション(①)がガイドライン(②)を規定し、ガイドライン(②)がプロセス(③)を規定します。大・中・小のバケツに例えると、ウォーターフォールモデルです(図B)。

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事業構造や指揮系統もおおむねこのかたちをとります。上位者が決めたことを部下が実施する、トップダウンとか上意下達と言います。

Ⅲ. 阿部梨園の場合(最初期)

佐川は阿部梨園を手伝うに当たって、一般企業と同じ順番で整理しようと思いました。ところが、「阿部梨園が大切にしたいことってなんですか?」「ミッション・ビジョン・バリューのイメージはありますか?」という質問シートを作って回答してもらったところ、一、ニ個挙がったものの、「美味しい梨作りにこだわりたい」以外は特に出てきませんでした(図C)。

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ヒアリングしながら想像力を最大限に膨らませて、佐川がそれらしいミッション・ビジョン・バリューを作ったりもしましたが、なにせ浮ついた借り物感があって、あまり意識や行動の中に定着しませんでした。この辺で、コンサルっぽいアプローチはここでは通用しないと気づきます。

Ⅳ. 阿部梨園の場合(実際)

ミッション(①)やガイドライン(②)ばかり考えていても現場は何も変わらないので、プロセス(③)の改善に集中しました。佐川も、実施主体としてどんどん塗り変えていきました(図D)。それが400件です。みんなで、本当に一生懸命取り組みました。

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Ⅴ. 阿部梨園の場合(現在)

いま400件超えたところで振り返ってみると、プロセス(③)の改善に夢中になるうちに、そのために必要なガイドライン(②)を考える習慣が少し根付いてきたのも感じます。「佐川くんが言っていたのはこういうことだったのか!」ということも増えました。やってるうちに、リズムと体力が後からゆっくりついてきます。

簡単にできることはやり切ったという自信と実績もついてきたので、そろそろいいかなとミッション(①)をおぼろげに考えるようにもなりました。
これは、上で説明した一般企業のウォーターフォールと逆行し続けた結果なのではないかと思います。小さいバケツにエネルギーが溜まると、川を登る鮭のように、一部が上のバケツに跳躍するようなイメージです。これは、冒頭で書いた「帰納」なのだと思います。通常、一般企業は「演繹」です。

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というわけで、最近は、これからの阿部梨園の強さはミッション(①)やガイドライン(②)の中にも内在するのではないかと思います。たとえうちを意識してくれる競合農家がいたとしても、その辺のテクニックや結果の数字だけ追いかけていてくれるうちは、真似されてもアドバンテージを失わない自信があります。400〜は前陣の歩兵で、後方に少しずつ築城する。といっても今はまだ弥生時代の櫓(やぐら)程度ですが。。。

ちなみにタイトルの「逆潮流」とは電気インフラ用語で、通常の「発電所→送電網→家庭(など)」という流れが順の潮流です。例えば家庭などで太陽光発電して売電すると、「家庭(など)→系統」という逆の流れになるので、それを逆潮流と言います。

Ⅵ. そのほか考えたこと

人、組織

人、組織はどこにあるのかというと、バケツの間の媒体だと思います。人フィルター、組織フィルターというものがあって、バケツの水の取りこぼしが発生します。人フィルターは、習慣、価値観、能力、モチベーションなどのギャップによる損失です。組織フィルターは人間関係(雰囲気)、コミュニケーション、意志決定方式などによる損失がありそうです。

引力モデル

ウォーターフォールと逆潮流のどちらが良い、という話ではなくて、どちらの流れもあると強いと思います。引力のイメージで、「恒星⇔惑星⇔衛生」のように、お互い引き合って、釣り合いがとれている状態。

上位概念の書き換え

阿部梨園は単なる個人農家なので、ミッションやコーポレートブランド的なものを書き換えても、ほとんど支障がありません。ロゴや行動指針も毎年、そのときに合わせて柔軟に書き換えてもいいと思っています。小さい組織の特権です。かしこまって判断に時間をかけるより、作ってから変えていくほうが効率的です。弊園のキャッチフレーズ「守りながら変えていく」って、もしかしてそういうことだったのかな。

スタートアップ企業が色々試した上でピボットすると、歓迎されるのと同じだと思います。違うのは、スタートアップは数ある選択肢からそれを選び、うちはこれしか方法がなかった、という点ですが。

まとめ

成り行きや状況に合わせて、阿部梨園は変化のあり方を柔軟に考えてきました。小さいことに熱心に取り組むだけで、個人でも組織でもどんどん変わっていけるよ、ということが文意です。月並みな結論ですが、「愚公山を移す」に尽きますね。

書いた人について

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Tomohiko Sagawa

阿部梨園の司令塔。代表の右腕。経営管理、企画、PR、デザイン、バックオフィス全てを担当しています。